来年(07年)の参院選(兵庫選挙区)で大沢辰美さんの議席の奪還めざし、奮闘する日本共産党の堀内照文さん。歩みや人柄、活躍を紹介します(上)。(06年12月23日付「しんぶん赤旗」関西版掲載記事を転載)
 あの日――。1995年1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災発生。
 堀内さんは、激震地の神戸市灘区のアパートに住んでいました。開かなくなったドアを蹴破って外に出ると、あちこちで助けを呼ぶ声。一階が押しつぶされた近くの学生アパートにかけつけ、付近の人と二階の床をはがして、5人を救出。「無我夢中でした」
 当時、神戸大学4年生で、文学部学生自治会の委員長。神大は、学生と教職員41人が亡くなりました。悲しみを胸に、学生の救援と生活を守るために奔走します。大学当局に、学生の安否確認、被災学生の学費減免などを要請。署名を集め、学費減免を実現しました。
 同自治会が全国からかけつける学生ボランティアの拠点に。その先頭に立って避難所などのボランティア活動にとりくみました。


●助かった命がなぜ

復興市営住宅で被災者と懇談する堀内さん(右)=11月30日、神戸市垂水区
 時間がたつにつれて生活再建の遅れが大きな問題に。仮設住宅で孤独死、自殺が続発します。助けようとしない国や兵庫県、神戸市。「震災で助かった命が、なぜ捨て去られるように亡くなるのか。困った人に手をさしのべるのが政治ではないのか」。震えるような怒りを抱いてきました。
 先月末(06年11月)、神戸市垂水区の復興市営住宅で、被災者と懇談しました。「遺体が白骨化」という悲痛な孤独死、その多さ、サラ金の借金、家賃の震災減免打ち切り…。いまも続く深刻な実態が次つぎだされました。堀内さんは、じっくり耳を傾け、被災者の願い実現へ奮闘を誓いました。
 参加した松成秀子さん(65歳)は、「堀内さん自身被災し辛い思いをされたそうですが、だからこそ、私たちの気持ちをよくわかってくれると感じました。被災者の代表としてぜひ国会にいってほしい」と語ります。


●大沢議席引き継ぐ

 阪神・淡路大震災が活動の原点の堀内さん。立候補の動機でもあります。
 98年の参院選兵庫選挙区で日本共産党の大沢辰美さん(66歳)が、被災者の期待を受け当選。国会で、被災者の声を届け続け、要求を多数実現します。個人補償を訴え、不十分ながら住宅再建支援制度を実現させました。
 05年1月、その大沢さんと党県委員会から、「参院選挙区の候補者に」と要請されました。「僕自身、大沢さんの議席を守らねばと強く思っていました。僕でできるのか迷いましたが、挑もうと」と堀内さん。「被災者の思いがつまった大沢さんの議席。何としても引き継がなくては」と決意を固めました。
 大沢さんは、「よく勉強し、誰からも好かれる。体験してない分野でも、どん欲に実践し学ぼうとする、すばらしい候補者です」と。「住宅再建支援制度をつくるまではできましたが、住宅本体は対象外など悔しさが残ったまま。比例の山下さんとコンビで、苦しむ被災者を助けることと、この改善を、ぜひ堀内さんがやりとげてほしい」(つづく)