ささのさんの名刺とカード
 今日は午前中、姫路で、来年春の市議選に挑戦する、ささの真由美さんとともに、訪問と「しんぶん赤旗」購読のお願いに歩きました。
 「参院選は残念やったねえ。ええこといってるのに何で伸びへんの?」「演説会行ったよ。残念やったねえ。でもまたがんばって」「ささのさんは、がんばりやさんや。ぜひ市議会へ行って」など、激励をいただき、2人の方に「しんぶん赤旗」を購読していただきました。


 今日の写真は、ささのさんの名刺と、留守宅へのメッセージカード。カードには、素敵な絵手紙が挿絵として掲載されています。この絵手紙は、ささのさんが参加する絵手紙サークルの先生が、ささのさんの出馬を知り、激励に描いてくださったものだとか。
 掲載されているのは、その一部なんですが、「本当に仲間は大切ね 人を待っても人に待たれるな!をモットーに前へ前へ歩こうよ」とのメッセージが。
 この絵の作者である先生も訪問しました。先生は「こんなに喜んでもらって、絵手紙をやってきて本当によかった」と思わず涙。ささのさんも、この絵手紙をもらったときには、感激して涙、涙だったそうで、お二人とも感極まっておられました。こちらまでなんだかジーンときてしまいました。
 ささのさんは、医療生協の理事として活躍してきただけでなく、地域の共産党組織のメンバーとともに、住民のなかに入って活動してきた人です。多くの仲間、市民のみなさんに支えられ、みなさんとともに歩む共産党の真骨頂をみた思いがしました。


○『大日岳雪庇崩落事故裁判の記録 息子たちの死を無駄にしないで 文部省研修登山から還らなかった二人の大学生』(神戸新聞総合出版センター)を読む。
 2000年3月に起きた事故の真相を求めて、遺族がたたかった裁判の記録です。亡くなったお一人が、私の母校、神戸大学文学部の溝上国秀さんです(もう一人は都立大学の内藤三恭司さん)。神戸大学ワンダーフォーゲル部の顧問を務めておられたのが、私が所属する哲学科の教授だった眞方忠道先生でした。そんなことから私も、当時、裁判闘争支援の一端をほんの少しですが担わせていただきました。
 改めて、真摯に原因究明に向かおうとしない文部省(のちに文部科学省)の姿勢に怒りを覚えました。底知れない悲しみに追い討ちをかけるかのような国のこの姿勢に、悲しみのなか、裁判闘争にたたかわざるを得なかった遺族の苦しみ、真相を求めて国を追及する裁判闘争の行方、広がる支援の輪、2度と犠牲者を出さないためにどうあるべきか。
 二人の若い命が懸命に生きた記録であるとともに、国の誤りを明確にし山の安全を守らせるためにとりくんだ、遺族と市民の支えあいの重要性など、本書は多くのことを教えてくれます。