昨日は、兵庫労連の定期大会に来賓で参加し、あいさつ。その後兵庫2区決起集会で、宮本たけし衆院議員の記念講演の前に、ぬきなゆうな衆院兵庫2区予定候補とともに決意表明。夜は、北阪神地域の青年らのつどいで、消費税をめぐって議論しました。
 今日は、年に一度の兵庫の県党会議。私は一日会議に参加。その一方、沖縄では、オスプレイ配備に反対する県民大会が開催、10万1000人が参加。沖縄国際大学の学生や宜野湾市長などが壇上から訴えたとの報道。県民の願いはいよいよ揺るぎないものになっています。日本政府がこのまま日米安保を盾にオスプレイ配備を強行するなら、安保の是非が問われざるをえません。ことは日本の政治の根本、支配構造の根幹にかかわるところまで矛盾が深まっています。いずれにせよ歴史の大きな変わり目。沖縄の思いと深く連帯して頑張りたいと思います。
○そういえばここのところ、読書ノートをつけていませんでした。
 この間、読んだ主なものは、『宮本顕治著作集1』、石川康宏著『橋下・「維新の会」がやりたいこと』、松本善明著『謀略』、井形正寿著『「特高」経験者として伝えたいこと』、斎藤貴男・湖東京至著『税が悪魔になるとき』(以上すべて新日本出版社)、内田樹著『街場の文体論』(ミシマ社)など。

 石川先生の維新本は、政治の流れのなかで同会の動きが位置づけられ事の本質がよくわかります。

 松本善明さんの『謀略』では新資料に目を見張りました。

 井形さんの「特高」経験者として知り得た、終戦間際の国民の厭戦、反戦感情とさまざまな抵抗については、これまで知りえないものであり、戦後の反戦・民主主義の流れが国民のなかに底流として存在していたことに確信がもてました。戦前の諸著作を扱った『宮本顕治著作集1』とあわせて読むことで立体的に党のたたかいの意義が浮かび上がってくるように思いました。

 『税が悪魔になるとき』は、消費税は「預かり税」であることのまやかし、むしろ「直接税ではないか」との湖東氏の指摘は、消費税の「悪魔」たる所以の本質をついており、新鮮な視点をもたらしてくれました。

 『街場の文体論』では、ものを書くということ、また学術、学知という営みが、どういうものであるのかについて、最終講義に見事に収斂しており、思わず膝をうちました。