井上ひさしさんの遺作となった戯曲、『組曲虐殺』をみました。
 29歳の若さで官憲により虐殺された戦前の共産党員、プロレタリア作家・小林多喜二をえがいた舞台で、音楽が小曽根真さんによるもので、もちろん小曽根さんのピアノの生演奏。
 パンフのなかにもあるのですが、「直感的に生きてきた僕に、井上先生は『考える』ことの素晴らしさを教えてくれました。それは、僕の音楽観を抜本的に変えるほど大きな出来事です」と、小曽根さんは語っています。
 『TRIO』以後の小曽根作品に魅せられたものとして、これは何としても見なければと思っていましたが、ちょうど休みと重なり、梅田まで出かけたのです。

 「体ぜんたいでぶつかって書いたか」
 「後に続くものを信じて走れ」
 「たがいの命を大事にしない思想など、思想と呼ぶに値しません」

 多喜二の思想と生涯、そして小説創作への姿勢や情熱といった、いわば多喜二のまるごとをセリフの一つひとつに込めて表現した井上ひさしさんはさすがですし、それを見事に音楽にした小曽根真さんも圧巻でした。そしてピアノ一つで“世界”をつくりあげたその演奏は感動ものでした。

 多喜二を演じた井上芳雄さんと石原さとみさん(多喜二の恋人役)には、新鮮な多喜二像をみせてもらいました。脇を固める高畑淳子さん(多喜二の姉役)、神野美鈴さん(多喜二の妻役)、山本龍二さん、山崎一さん(お二人は特高刑事役)もさすがです。

 2009年秋初演の作品ですが、政治の世界が右へ右へと寄っていくなか、こんにちなおいっそう光彩を放つ作品です。

 舞台を見ていて、時代に「体ぜんたいでぶつか」る多喜二のエネルギーはどこから来るのだろうかと思いました。

 そのヒントが、ちょうど読み終えた『宮本顕治著作集 第4巻』のなかにありました。
 多喜二と同時代に同じ作家として生きた宮本百合子について、ある評者が百合子の「純粋透明」さについて否定的な評価をしていることに対して、顕治は「科学と深い洞察に裏付けられた『純粋』『透明』さこそ、人類社会を進歩と幸福へと導く人間の集団的実践における精神の灯でなくてはならぬ」(「百合子追想」)と書いています。
 また“百合子は「世間知らず苦労知らず」だから頑張れた云々”との評者に対して、弾圧下の活動と生活の厳しさにもふれながら、「現代における人民の真の『幸福』と『幸運』とは何か。…たとい、避けがたい前途の苦難が約束されていようと、自己の人生を社会と民族の前進と解放、人類の平和のための前進に結びつけて、良心的に誠実に前進しえたか否かということである。それは耐え難い困窮と苦難と波瀾、信じがたい堅忍と努力の求められる人生となろうとも、そのように生きえたものは、生き甲斐ある人生の航路を進んだものとして敬意と祝福を公にあたえられうるものである」(「百合子の場合」)と厳しく批判していますが、これは多喜二同様に地下活動や特高による拷問と12年にも及ぶ獄中生活を強いられた著者の実感でもあると思います。
 自ら人間らしく生きるために、目の前の不正・不義にどう立ち向かうのか。時代が多喜二や百合子に厳しく問うたのではないでしょうか。そして、その不正・不義を許さない生き方を貫いたのではないでしょうか。

 もちろん、そうした資質は生まれながらに備わっているものではありません。
 そうした成長を可能にしたのは、「当時の運動、彼女の仲間との共同の雰囲気で体得した新しい理論と感情による前進的自己変革」「佐野、鍋山の裏切りや、プロレタリア文化運動内の敗北主義との闘争、小林多喜二の死の教訓と感銘、その他の人びとの英雄的闘争、批判と自己批判の精神」であって、単なるヒューマニズムな自我の拡充ではないとして次のように指摘しています。
 「自己を正しく生かし、誤りの少ない人間として成長しようとする欲望は、その自己を絶対的なものとしてでなく、階級社会における個人の役割の正しい認識に基づき、歴史的・社会的条件や存在に決定されながら、存在に働きかける一因子として自己を認識し、自身を、正しい階級の会報の運動に従い人類の発展に奉仕するものとして認識するならばすでに自我中心主義でありえない。そのように成長させようとする限り、すでにそれは自我の拡充の問題ではなくて、客観的世界の発展への自己の統一、主体と客体との統一である」。

 舞台でも最初、大阪で検挙された多喜二が、はじめは黙秘を貫いているものの、思わず「しゃべってしまう」のですが、最後は厳しい拷問にも耐え、ついに命を奪われることになります。
 舞台を通して、もちろん、たたかいのなかで多喜二が鍛えられていくのですが、仲間や親しい家族、友人などのふれあいをも通して、その成長が描かれているのは非常に大事な点だと思いました。

 「現代多数の日本人が、いわゆる世俗的な『幸福』という言葉でよぶにはふさわしくない状態にあるとき、そして、これからも少なからぬ犠牲の血が歴史の課題の前進・解決のために流されることが余儀なくされようとしているとき、たたかい終わった人生にたいしてでも苦難によって生命をちじめたものである場合とくに『幸福』という言葉は何か実感の上で白じらしい不似合いさを感じさせる。しかし、われわれの人生は、そうした新しい全人民的幸福への道以外に自身の『幸福』の目標をもちえないことも事実である。この意味で、百合子の生涯は全人民的幸福の前進に幾分役立ちえた生涯といえるであろう」(以上「百合子の場合」)――戦前の反戦平和と民主主義の旗を掲げたたたかいは、「幾分役立ちえた」どころか、戦後、憲法にその諸原則が結実するなど、日本の歴史と社会の進歩への偉大な足跡となっていますが、これは多喜二の生涯にもそのままあてはまるものでしょう。

 「後に続くもの」として、しっかりとそのバトンを引き継いでいきたいと思います。

○『上田耕一郎著作集 第1巻』、『宮本顕治著作集 第4巻』(ともに新日本出版社)を読了。