今日は上京して、党中央が主催するいじめ問題のシンポジウムに参加してきました。
 昨年秋に発表された「いじめ提言」にもとづくもので、いじめの体験のある若い世代、いじめによってお子さんやお孫さんをなくされた方、学校の先生や研究者などの発言に多くを学ばされました。
 地域でじっくり子どもについて論議を深めるとりくみが、いま本当に必要だと考えさせられました。
 参加しての私の感想をいくつか。

ⅰ)「子どもの命を守る」ことを正面にすえた党の提言の内容は、入り口で誰もが一致できるものになっていることが大事な点だと感じました。
 ここから論立てをすすめているので、多くの国民との一致、共同を広げる力があると思いました。この間、少人数学級の推進や受験競争の緩和などでも、従来立場の違う兵庫県教育委員会の方と意見が一致する状況が生まれているのは、運動でつくった変化であるとともに、提言の論立てのもつ力です。

ⅱ)シンポジウムに参加して、子どもの持つ力への信頼があってこそ、いじめは克服できるとの確信が得られました。
 NPOジェントルハートプロジェクトの小森美登里さんは、「デリケートな問題だから」とか「刺激するのはよくない」など文科省が否定的な初動調査の重要性を指摘し、大津の調査委員会の報告では、生徒たちが事件にしっかりと向き合い、自分の問題として引き寄せて反省も含めて語っていることから、アンケート用紙のフォーマットが必要だと提言。また山下よしき党書記局長代行・参院議員からは、いじめを克服したことを卒業式の答辞で述べた高校生の例も紹介され、乗り越える力が子どもらの中にこそあると強調されました。

ⅲ)子どもへの深い信頼を大人こそが持つ必要があるが、そのためにも子どもをどうみるのか、被害・加害にかかわらず、子どもの苦悩に寄り添って、その内実に迫る子ども論議が必要だということです。シンポでは、「ほう・れん・そう」(報告・連絡・相談)が大事とよく言われるが、大事なことは単なる情報の共有ではなく、“問題”の共有だとの指摘が北海道教育大学教職員大学院教授の福井雅英さんからありました。

ⅳ)また、こうした議論のうえにたてば、自民党のいじめ法案がおよそ教育の営みとは無縁のものであることも浮き彫りになります。上からの道徳や規範の押し付け、厳罰主義の対応では、加害生徒・児童の鬱屈した心をさらにゆがめることになり、問題の解決にはなりません。

 国民的な論議が本当に待たれていると実感しました。私も小学生の子をもつ父親でもあります。地域で、学校で、こうした論議を多くのみなさんとともに重ねていきたいと思います。