今日は、神戸市PTA協議会の5校種研修会でした。
 研修会では、基調講演のあと、テーマ別に分科会をおこなったのですが、私は、そのうちのケータイ・スマホにかかわる分科会を担当しました。
 今日のために、委員のメンバーで約9か月間、準備をしてきました。全体で300人を超える参加者で、私たちの分科会にはおよそ90人の方が参加してくださいました。
 分科会でおこなった、私の基調報告を「続きを読む」に掲載します。長いですが、興味のある方はご覧ください。
ケータイ・スマホの使い方
――どうする子どものトラブル、親としてできること、大事なこと

○コミュニティサイトの落とし穴
 急速に進化、発展するネット環境。携帯電話やスマートフォン、最近では、ゲーム機のみならずウォークマンでも通信が可能に…。子どもをとりまく環境は大きく変化しています。塾通いなど帰りが遅くなる子どもには必携の通信手段ですが、反面、さまざまなトラブルや犯罪に巻き込まれる危険性も潜んでいます。
 とりわけ、LINEなどコミュニティサイト、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)をめぐって、いじめや匿名での中傷などの例も後を絶ちません。
 そこには、保護者の目の届かない、子どもたち独特の「社会」が広がっています。親としては、入りたくても、なかなか踏み込みにくい領域でもあると思います。

○ネット社会の特徴を踏まえて、上からの「規制」ではなくネット文化の豊かな担い手に
 この問題については、警察機関などによる講習も開かれており、「インターネットは世界中に開かれており、だれが見ているか分からない」「SNSとて、個人情報をSNS業者に渡しているという自覚をもって利用を」などネット社会の特徴をよくふまえて、「誹謗中傷を書かない」「個人情報を載せない」など基本的な対応については種々強調されています。
 同時に、警察の講習などでも言われていることですが、こうしたトラブルや問題は「どうしても起こりうる」ということです。フィルタリングなどの対処ももちろん必要ですが、それでも防ぎきれないのが現実です。しかし、この社会のなかでインターネットやそのツールを避けて通るわけにはいきません。だからこそ、トラブルが「起こること」を前提に問題を考える必要があります。
 その際、大事なことはいくら「○○してはダメ」と上から決めつけたり、禁止をしても効果がないということです。インターネットをめぐる危険性もありますが、もう一方で、現実社会において便利な道具であり、もはやなくてはならないツールともなっているわけです。ましてや未来に生きる子どもたちにとっては、生活手段としていっそう不可欠なものになることはいうまでもありません。
 だからこそ、むしろどのようにしてネット文化を開くのか、子どもたちがそのたくましい、豊かな担い手となることを支えるという視点が大事ではないでしょうか。

○私立金城学院中学・高校のとりくみに学ぶ
 その点で注目したのは、名古屋にある私立金城学院中学・高校のとりくみです。生徒約1100人の99%が使用している同校で、高校生が自主的に「ケータイ・スマホハンドブック」(09年第1版~13年第5版)をとりまとめています。
 活動をとおして高校生たちは「実際に起きたいじめや対処法などたくさんのことを知ることができました。メリットもデメリットもあるケータイを一人ひとりがしっかりとして使っていきたいと思いました」「ケータイ依存症になってもしかたのないものではなく、防ぐことができるものなのだと再認識しました」「ハンドブックの制作に携わって、改めて家族との関係について深く考えることができました。ケータイは悪く使えば家族の壁になりますが、うまく使えばお互いの理解を深め、また私たちの安全を守ってくれるものだと考えています」との感想を寄せています。
 その成果の一端を紹介すると、「コミュニティサイトとうまくつきあうための7か条」とか、依存症を未然にふせぐための「親子でつくるルール」としてまとめられている(下記★参照)ことや、子どもたちから保護者に伝えたいこと(下記※参照)など、考えさせられるものも多くあります。

★コミュニティサイトとうまくつきあうために…
①コミュニティサイトの長所、短所をよく理解して利用する
②個人が特定できるような情報(写真、本名、住所、電話番号、メアドなど)は載せない、ID、パスワードも他者に教えない
③人を誹謗中傷をしたり、個人情報を載せることは犯罪であることを知っておく
④匿名だから誰が書いたか分からないという考えを捨てる
⑤自分や友人の悪口が書かれていても、絶対に言い返したり、擁護したりしない(そうすることで逆に「炎上」を引き起こす)
⑥書き込みをすぐに信用しない
⑦オフ会は相手を把握してからおこない、適切な時間と場所で(県警では「会わないこと」としている)
⑧現実社会と同様にルール、マナーを守る(ハンドブックを参考にして付け加えました)

★親子でつくるルール
①使用場所と時間を決める
②会員登録を勝手にしない
③自分の料金明細を確認する(使用状況を知る)
④個人情報はとりわけ大切にあつかう
⑤家族と会話する時間を大切にする。

※ケータイ・スマホ問題が起こる原因について、さまざまな資料をもとに考えたところ、思春期(青年期前)の特性や社会的背景がおおいに関係していることがわかりました。/今の私たちの立場である高校生ぐらいの時期は、思春期(青年前期)のまっただなかにあります。子どもから大人へ日々成長している時期なのです。大人や周りの人々から精神的に自立をしながら、自分らしさを獲得していきます。しかし、この過程において、なかなか思うようにいかなかったり、孤独感を味わったりすることも少なくありません。/そのようななかで友人はとても大切なもので、お互いに愚痴を言い合ったり、励まし合ったりという関係にありますが、発展して依存的な関係になることもあります。また、みんなと一緒にいてワイワイと騒いでいると安心することも少なくありません。それによって仲間を裏切ることや、離れることができなくなる心理が生じます。これは思春期特性で「同調圧力(ピア・プレッシャー)」といいます。/最近、ケータイ依存が深刻な社会問題になっていますが、メールやtwitter、LINEなどがやめられなくなったり、すぐにメールを返信したりする(即レス)のは、この同調圧力が作用していると考えられます。/しかしながら、友人や周りに依存しながら、私たちは自立していきます。依存すること自体が問題ではなく、依存する対象が“ケータイ・スマホ”であることが問題なのです。つまり、何に依存するかが問題なのではないでしょうか。/同調圧力は思春期の特性とはいえ、いじめに発展する可能性もあります。これを防ぐためには、お互いの違いを肯定しあう関係を築くことが大切です。そして親や先生、地域の方々ともっとふれあい、私たちの存在を認めてほしいのです。「認めてもらいたい」という欲求が満たされることが、今の私たちに必要なのです。信頼できる大人ともっとふれあい、ときには依存し、もっと褒めてほしいのです。/ケータイ・スマホ問題の解決と予防はケータイ・スマホだけの問題ではなく、私たちが学校・家庭・地域で他者とどう関わるかにも深く関係していると思います。そのための機会がもっと与えられることを、私たち中高生は切に願っています。

○それでもトラブルは起こりうる
 金城学院中学・高校の生徒らがたどりついたように、ケータイ・スマホをめぐる問題は、結局、コミュニケーション、人間関係の問題です。
犯罪などに巻き込まれることを防ぐことは、ここまでとりあげてきたようにネットツールの賢い利用者になることで可能でしょう。しかし、いじめといった人間関係をめぐるトラブルは、そうした対策をとってもなお、どうしても起こりうることです。
 そのもとで必要なことは、トラブルがあっても、それを大事に至らせない人間関係をしっかりとつくることではないでしょうか。
 その際、親の側に求められることは、子どもが何かしらのトラブルに直面した時に、その変化に気付き、子どもが親に話せる信頼関係を築いているか、またそうした子どもを丸ごと受け止めることができるかということではないでしょうか。

○子どもを丸ごと、あるがままに受け止める
 子どもを丸ごと、あるがままに受け止める力とは何か、そのキーワードとなるのが「自己肯定感」です。これは、子どもとの関係を築くうえでもカナメとなってきます。
 それは単に、「その子のいいところを認める」ことや「いいところを褒めてやる」ということではありません。それでは、子どもたちは親や先生から「褒められる自分」にならなければと、無理に「よい子」を演じてしまいかねません(もちろん、それでがんばれる子はそれでいいのですが)。失敗したり、挫折したりしても、そうした自分の弱いところ、ダメなところも認めて、そうした至らないところを抱えながら一生懸命生きている自分の存在を承認し、肯定することができるかどうか、一言で言えば「自分は自分で大丈夫」という感情をもてるかどうかが大事な点となってきます。
 「ダメな自分でもいいよ」と受け入れ、認めてこそ、そこから新しい自分の再生に向けての一歩を踏み出す勇気が湧いてきます。
 「自分は自分で大丈夫なんて甘えではないか」と考える向きもありますが、自己肯定感があってこそ、真の自己理解が生まれ、至らない点の克服へと向かい、新たな成長に向かう可能性が開かれます。逆にそうした感情がないと自分の部分的な能力や特性が否定されることに怯え、失敗を恐れて防衛的になり、「よい子」を演ずるように“鎧”を着てしまいかねません。

○問われているのは子どもを信頼し丸ごと受け止める親の力(=「大人のどうとく」)
 先の金城高校の生徒たちも、ケータイ・スマホでのいじめを防ぐには、「お互いの違いを肯定し合う関係を築くことが大切」という結論に行き着きました。
 子どもを人格ある存在として尊重し、あるがままに受け止めること、人生を生きる主体としての子どもの存在に共感し、困難に直面したときに、寄り添い、解決にむけ――その解決の主体はあくまで子どもであり、子どもにその力があるという信頼をもって――ともに歩む姿勢が親の側には求められているのではないでしょうか。ここにこそ、この問題を考えるうえでの最大の「大人のどうとく」があると考えます。

(付記)こうした視点に立つといじめの問題への観点も見えてくるのではないでしょうか。
 いうまでもなく、いじめは人権侵害であり暴力です。けっして許されるものではありません。同時に、成長途上の子ども集団の中だからこそ、いじめはどこでも、誰にでも、起こりうることです。「あってはならないが、ある」という相反する、対立のなかにあるこの両側面をとらえることが大事となってきます。
 よく「ふざけ」との境目をどう見分けるかと問題になりますが、そこに「相互性」があるかどうかが分かれ目になります。一方が傷つけられ、嫌な思いをしているなら、それはやはり人権侵害であり、いじめです。
親の方も心配のあまり、「自分の育て方が悪かったのか」「もっと強く生きた方がいいのか」「こうすればいじめられないのでは」と思い悩むこともありがちです。しかし、いじめは、いじめている方がやはり100%悪いといわなければなりません。そうでなければ、「こういうタイプの人間はいじめられても仕方ない」と、いじめを容認することになります。どんなに問題のある子でも、いじめられていいということは絶対にありません。
 いじめは人権侵害であり、暴力であるという立場に確固として立つとともに、とりわけ、近年では、いじめられている子の命にかかわる深刻なケースも生まれているだけに、「命を守ること」を最優先にしたとりくみが必要です。
同時に、嫉妬やねたみの感情は誰にでもあることです。成長途上の子どもらには、そうした感情を相手との関係でうまく律することができないことは、当然ありうることで、そこからいじめに発展することになるわけです。
 よくあるケースで、いじめている子を一方的に叱りつけたり、いじめられている子に謝らせたりして、事態がより深刻になることがあります。もちろん、いじめは100%悪いことですが、いじめている子には、いじめに走るだけの悩みやストレスを抱えているわけです。いわば自己肯定感情が深く傷つけられています。そうしたところへ、上から厳しく抑えつけるだけの対応や、形だけの「謝罪」をさせても、子どもたちの鬱屈した気持ちがさらにゆがめられるだけで、何も解決しません。真の解決に向けては、いじめている子の抱える苦しい状態を共感しながら、いじめている子ども自身の(自己肯定感をもてるような)立ち直りを支える愛情(子どもをあるがままに丸ごと受け止める力)が欠かせません。
 また、「大人のどうとく」という点で言えば、社会でのさまざまなハラスメント、テレビ番組上での「いじり」など、大人社会での「いじめ」をなくす努力をしてこそ、子どもたちにいじめを許さない力強いメッセージになるのではないでしょうか。

(参考文献・資料)
○今津孝次郎、金城学院中学校高等学校編著『先生・保護者のためのケータイ・スマホ・ネット教育のすすめ』(学事出版)
○尾木直樹著『尾木ママと考えるいじめのない学校といじめっ子にしない子育て』(ほんの木)
○尾木直樹著『いじめ問題をどう克服するか』(岩波新書)
ほか、兵庫県警のHP、高垣忠一郎・立命館大教授のFBを参考にしました。