3月17日、18日、神戸にとって記念日が続きます。
 17日は、神戸空襲70周年でした。神戸の街の西半分が焼け野原になり、多くの方が犠牲に。小説で映画にもなった妹尾河童さんの『少年H』でもその惨状が描かれました。5月、6月の空襲(こちらは「火垂るの墓」などで描かれています)と合わせ、8000人もの犠牲者が出ていますが、いまだにお名前が判明している方は2000人弱で、慰霊碑の刻銘には、「富松よっちゃん」とか「大工棟梁」、誰々の「母」「妻」などと刻まれている方も少なくないといいます。
 こんな戦争は2度と繰り返してはなりません。

 18日は、非核「神戸方式」40周年です。神戸港に入港する外国軍のあらゆる艦船は、「非核証明」がなければ入港できません。
 かつては第6突堤に米軍基地があり、ベトナム戦争の出撃拠点にもなっていた神戸港ですが、基地あるが故の米軍犯罪などに市民が声をあげ、「せめてクリスマスには静かな夜を」と「クリスマス闘争」や米軍基地撤去を求める運動がとりくまれ、基地撤去をかちとりました。そして、「日本に寄港する艦艇は核兵器を外さない」とのラロック証言が衝撃を与えるもとで、市議会決議として採択されたのが非核「神戸方式」です。神戸市は、この市議会決議を尊重し、入港の際に非核証明の提出を求める運用をしています。
 アメリカは、核を積んでいることを「否定も肯定もしない」政策のため、これ以後、一隻も入港していません。アメリカの一番の出撃拠点だった神戸港が平和の港へ生まれ変わったのです。
 集団的自衛権の行使が具体化されようとする今日の情勢下、ますます重要性をもつ非核「神戸方式」を守り、全国の港へ広げたいと思います。